がん患者4000人を診断してわかった「現代人の生きづらさ」の正体
問題の9割は親との関係にある
日本ではまだまだ、社会的な肩書きが重要視される風潮が強いように感じます。極端な例を挙げると、「良い会社に勤めているのなら、同窓会にも胸張って行けるけど、そうじゃないから二の足を踏んでしまう」など、そんな話も耳にすることも珍しいことではありません。
このように考える人は、おそらく「一流会社に勤めなくてはいけない。それができないのは恥ずかしいことなのだ」と、無意識に「must」の自分の声を信じ込み、生きてきたのではないかと思います。そして、このタイプの人が非常に多いことを、多くの方との面談を繰り返すたびに痛感します。
人は一般的に成長過程で周囲の人間や、社会の価値観から大きな影響を受けて育ちます。その中でも、特に大きな影響を及ぼしているのが、多くの場合、両親です。物心がついたとき、私たちの心は真っ白なキャンバスのようなものです。そして、限られた人間関係、小さな社会の中での生活が始まります。小さな頃、子供にとって両親という存在は絶対的です。なぜなら子供は両親に見捨てられたら生きていくことはできません。
なので、両親が持っている社会の見方を、そして両親が自分に対して向ける自分の評価を、そっくりそのまま私たちの真っ白なキャンバスに写し、自分自身の価値観として取り入れるのです。「三つ子の魂百まで」ということわざもありますが、この時に植え付けられた価値観はその後もずっと自分に影響を与え続けます。コンピューターで例えるのであれば、基本ソフト(OS)をインストールするようなものです。
両親が適切な愛情を注いでくれて、自分の「want」が充足されれば、あるがままの自分で居ても、世界は心地よいのだという肯定的な感覚が育まれます。そして、「want」が「must」に支配されるような苦しい生き方をしなくてもよい可能性が高まります。
育て方によっては歪んだ性格の子供に
しかし、例えば母親が過干渉で「あなたはミスが多いから、気を抜いてはダメよ」と、何かにつけて口酸っぱく言われ続ければ、「自分はミスが多い人間だ」という自分に対する否定的な見方が出てきて「want」の自分を信じられなくなり、「常に気を抜いてはいけない」という強力な「must」の自分が出来上がります。
また、父親が常に神経質で、外出したときにピリピリして、「愛想よくしていたら他人に付け込まれる」ということが口癖だったとしたら、社会は危険な場所で、虚勢を張っていないといけないという見方が出来上がってしまうでしょう。
もちろん、人によって生まれ持った性質は異なるので、同じ育てられ方をしても、兄弟で全く性格が異なることはあります。大胆な性質を持った子、怖がりな性質を持った子もいます。「社会は危険だ」という見方が親から与えられた場合、大胆な性質の子は他人と闘うようになるでしょうし、怖がりな子は引きこもりになってしまうように、表現する形は異なるかもしれません。