健康の土台は足のケアから!20代から始めると差がつく習慣とは【スポーツトレーナー・中野崇さんインタビュー】

仕事でもプライベートでも若いうちは無理がきく。しかし、20代のうちに身につけた習慣が、40代以降の心身のコンディションを決定づけるとしたらどうだろう。2025年7月に『40代からの脱力トレーニング 忙しくても体調がいい人の密かな習慣』(大和書房)を上梓した、プロスポーツトレーナーの中野崇さんに、20代から心がけておきたい健康習慣についてお話を伺った。
プロ選手でも9割が整っていない、最初にケアするべき部位とは

健康のための運動といえば、ジムやランニング、ストレッチ、ヨガを思い浮かべるかもしれない。とはいえ、毎日疲れ切って帰宅すれば、運動する気力がわかない日もあるだろう。そもそも、運動する余裕のないほど忙しいビジネスパーソンだっているはずだ。
中野さんが「必要最小限続けてほしい習慣」として挙げたのが、ストレッチでも有酸素運動でもなく、足首から下の足部のケアである。
「足首から下は体の土台です。実は土台が崩れている人がとても多い。プロスポーツ選手でも9割くらいの選手は整っていません。完璧な土台を備えた選手に出会うことはほとんどありません」
両足に均等に体重が乗らないと、片側に重さが偏ってしまう。すると土台がぶれているにもかかわらず体はまっすぐな姿勢をとろうとするため、膝から腰、背中で土台の歪みを取り繕わなければならない。
まずは足の指をほぐすことがおすすめとのこと。入浴時に足の指と指の間を上下左右に広げたり、足の指の間に手の指を入れて握るだけでも効果的だ。その理由を中野さんはこう語る。
「ケアしやすくて効果が大きいのは足の指です。足部は小さな骨や関節で構成されているので、崩れ方は複雑でそのズレを直すのは難しい。特に年齢を重ねると小さな関節や靭帯が固まってくるのでなるべく早い段階から予防しておきたいですね。足の指がしっかりと動くと、足裏の筋肉が働きやすくなるので、足の崩れは悪化しにくくなります」

プロアスリートのけがから「脱力」に注目
中野さんが足部のケアを強調するのは、独自のトレーニングメソッドである「脱力スキル」からきている。中野さんの言葉を借りると、「力を抜くために『力を入れる』」必要があるという。そのキーになる部位のひとつが足の指なのだ。
「脱力」に注目したきっかけは、中野さんを訪ねたプロアスリートたちのけがだった。彼らが口にするのは「力を抜くのが苦手」という声。専門のトレーニング機関や医療施設に足を運んでも、症状が改善しない選手が多かった。
そこで、当時学んでいた古武術をヒントに「脱力」の研究を始めた。大学卒業後に理学療法士として働いた経験もある中野さんは、古武術の動きの印象をこう語る。
「おじいさんに大男が崩される様子を理学療法士的な視点で捉えると、大男が力を入れることができずに崩されているように見えたんです。それが選手の力を抜くことに応用できるのではないかと考えました。古武術や武道の指導者は『脱力は技術だよ』と口酸っぱくおっしゃっていたので。ただ、どうしても自己流で会得するしかなく、体系的なメソッドは確立されていなかったので必要に迫られて自分で体系化しました」
前例のないメソッドの体系化の原点は中学校の野球部時代に遡る。ピッチャーとして練習を重ねていたが、ケガに悩まされる毎日で思うように投げられなくなった。
「もうけがをしたどころではなく、ずっとどこかしらけがをし続けている状態でした。地元の整骨院やスポーツ整形外科を受診しても治りませんでした。本当に地獄のような日々でした」
そこで自分で治すしかないと考え、独学で身体の仕組みやトレーニング法を調べ始めた。その過程で出合ったのが、インナーマッスルの存在だった。今でこそチューブを使ったトレーニングが市民権を得ているが、当時はまだ一般的ではなかった。
深層の筋肉を鍛えるトレーニングを取り入れたところ、長く悩まされた痛みが次第に和らぎ、やがて消えていった。「誰も治せないなら自分で治すしかない」。この体験が、のちにパーソナルトレーナーを志す契機になった。
「3G」を手放し感情を見つめ直す

中野さんは体のケアだけでなく、「感情に寄りそうこと」も20代から取り入れるべき習慣として強調する。
「特に日本社会では、ネガティブな感情を理性で押し込めてしまう習慣がついています。問題児扱いされますので、押し込むのがデフォルトになっている。すると気づかないうちに3G(がんばる、我慢する、頑固)の状態に陥り、自律神経に大きな負担をかけることにつながります」
2025年7月に大和書房から出版した『40代からの脱力トレーニング 忙しくても体調がいい人の密かな習慣』の「おわりに」でも、3G(がんばる、我慢する、頑固)に警鐘を鳴らす。早ければ20代でも、健康への影響がみられるという。ここで大切なのは感情を「出すこと」ではなく認識すること。中野さんは続ける。
「怒りや悲しみといった感情を人にぶつける必要はありません。『あ、いま自分は怒っているな』『悲しいな』と気づき、まず自分の感情に寄り添ってほしい。できれば過去にも遡って」
喜怒哀楽といった感情は無意識に、反射的に湧き上がるものだ。それを抑え込むのではなく、まず「ある」と認めること。自分自身への「ゆらぎ」を許容することが第一歩なのだ。
時短せずに20代から続けておきたい「入浴」

中野さんによると、20代なら不摂生をしても問題ないわけではなく、単に30〜40代よりも耐性があるかどうかの違いだという。
食事で伝えたいことはシンプルだ。旬の食材をよく噛んで食べ、添加物をできるだけ避けること。
さらに、栄養を摂る上で中野さんは意外な場所のコンディションの大切さを教えてくれた。
「お腹を押して硬いところがあるのは、内臓が疲れて働きが落ちているサイン。そんな状態でせっかく良い栄養を入れても吸収されず、体外に排出されてしまうんです」
精神的に落ち込んでいるときや強い疲労を抱えているとき、内臓の働きは落ち込み、摂取した栄養は体に届かないまま排出されてしまうという。そんなときは、仰向けになって鼻からゆっくり息を吐きながら、手の指をじんわりお腹に沈めていき、内臓やお腹周りの筋肉をほぐすのがおすすめとのことだ。
さらに中野さんは、しっかりと湯船に浸かることを勧める。
「入浴は体が深部から温まり、血流がよくなります。自律神経も整って良いことしかありません。お風呂に浸かっている間は自分と向き合う時間にもなるし、『足の指を揉みましょう』と選手に伝えています」
実際、中野さんが指導するプロ選手には朝晩2回の入浴を推奨しているそうだ。
肉体と精神は相互に作用している。中野さんは心と体が一体であることを「心身未分」という言葉で表現する。心と体の声に耳を傾けることが仕事のパフォーマンス向上につながることは間違いない。まずは今夜の入浴で、足の指をマッサージすることから始めてみよう。
<プロフィール>
中野崇
スポーツトレーナー。フィジカルコーチ。理学療法士。株式会社JARTA international 代表取締役。1980年生まれ。大阪教育大学教育学部障害児教育学科(バイオメカニクス研究室)卒業。2013年にJARTAを設立し、国内外のプロアスリートへの身体操作トレーニング指導およびスポーツトレーナーの育成に携わる。イタリアのトレーナー協会であるAPF(Accademia Preparatori Fisici)で日本人として初めてSOCIO ONORATO(名誉会員)となる。イタリアプロラグビーFiamme oroコーチを務める。また、東京2020パラリンピック競技大会ではブラインドサッカー日本代表フィジカルコーチとして選手を支えた。YouTubeをはじめとするSNSでは、プロ選手たちがパフォーマンスを高めるために使ってきたノウハウを一般の人でも実践できる形で紹介・発信している。著書に、『最強の身体能力 プロが実践する脱力スキルの鍛え方』(かんき出版)がある。
『40代からの脱力トレーニング 忙しくても体調がいい人の密かな習慣』(大和書房)