熊本の無人駅が人でごった返す状況に。台湾の半導体製造工場の日本進出に日本側が約1兆円を支援するわけ
熊本県と言えば、何を思い浮かべるだろうか。若者にとっては、くまモンのキャラクターだろうか。歴史や地理好きであれば熊本城を連想するかもしれない。
しかし今、ビジネスパーソンが熊本県と言われて思い浮かべるべき場所は、台湾企業が建設した半導体製造工場だ。
なぜ今、熊本県の最先端の半導体製造工場にビジネスパーソンが注目すべきなのか。
今回は、国際安全保障、国際テロリズム、経済安全保障などを専門とする和田大樹さんに、熊本に進出する台湾の半導体製造工場の持つ意味について教えてもらった(以下、和田大樹さんの寄稿)
周辺の地価が勢いよく上がっている
米国と中国との間で先端半導体を巡る覇権競争が激化する中、半導体受託製造の世界最大手・台湾積体電路製造(TSMC)が建設を進めていた半導体製造工場がついに熊本で完成し、2月24日に開所式が行われた。
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この工場は、今年中に本格的に稼働する予定だ。台湾積体電路製造(TSMC)は、第2工場も熊本に建設すると最近発表した。総額1兆2000億円余りを日本側も支援する計画だ。
半導体製造工場が熊本にできるというニュースを軽く見てはいけない。熊本に単に、台湾積体電路製造(TSMC)の工場ができて終わりという話ではないからだ。
同社の業務を支える、半導体製造装置などのサプライヤー企業なども熊本工場の周辺に次々に進出を強化している。
最先端の半導体製造には、初めから完成までに至る過程で多様な企業の協力が不可欠だ。台湾も日本も、All Taiwan、All Japanという形で日本進出を強化している。
工場が進出した周辺は本来、畑や田んぼだった。その場所に、世界最先端の半導体製造工場ができ、地元は盛り上がっている。
台湾から熊本に移り住む人向けの住宅の建設にもエンジンが掛かり、周辺の地価が勢いよく上がっているという。
最寄り駅は無人駅だったが下車最中は、多くの人でごった返す風景となった。半導体製造工場の勢いをわれわれに強く印象づける。
台湾有事を巡る半導体事情もある
では、台湾の半導体企業はなぜ、日本進出を強化するのだろうか。逆に日本は、政府や企業が一体となってなぜ、積極的に支援するのか。
まずは、当然の理由として、経済合理性の観点から両者にメリットがある。
日本の半導体産業は長く低迷期にある。一方の台湾は、半導体製造で世界の先端を走っている。その台湾企業との関係強化は、日本の半導体産業を復活させる上で都合がいい。
また、人口減少に直面する地方経済の再生につなげる目的では、台湾積体電路製造(TSMC)の熊本進出による地元経済への波及効果は極めて大きい。
だが、もちろん一方で、それら経済的な理由だけでは終わらない。台湾有事を巡る事情も背景に当然あろう。
台湾は、先端半導体分野では世界をリードしている。今日、中国は、同分野で後れをとっている。
中国は、先端半導体に漕ぎ着けたい。しかし、米国のバイデン政権は中国が先端半導体を軍事転用する恐れがあるとして、同分野における対中輸出規制を強化している。
昨年以降は、先端半導体の製造装置の分野で高い世界シェアを誇る日本やオランダも同調し、先端半導体の獲得が中国側は難しい状況に陥っている。
しかし、台湾有事で、中国が台湾を香港化するようなシナリオが現実となれば、世界最先端の半導体に中国が触手を伸ばせるようになる。
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台湾積体電路製造(TSMC)などは、これまでのようなビジネス環境で半導体の製造ができなくなる恐れがある。
多くの日本企業も台湾産半導体に依存している。台湾有事によって半導体サプライチェーンの安定が損なわれれば、日本企業のビジネス環境も大きく悪化する。
世界最先端の半導体製造工場を日本国内に維持する判断は、日本の経済安全保障を考えても極めて重要なのだ。
次の世代を担うネクストリーダーの若いビジネスパーソンは、台湾積体電路製造(TSMC)の半導体製造工場建設の背景にある意味や文脈も押さえておきたい。
[文/和田大樹]