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「リスキリングの誤解」が出世に遅れを。米ディズニーでは清掃員がエンジニア転進例も

ビジネス, 学び

最近、スキルアップに似た言葉で「リスキリング」というワードを頻繁に耳にするようになった。

日本では慣習上、スキルアップと給与アップが直接結び付きにくい状況が存在してきたため、スキルアップに似た言葉にも思えるリスキリングと言われても、モチベーションがいまいち上がらないかもしれない。

しかし、リスキリング=ただのスキルアップとは違う話らしい。時代は変化しており、リスキリングによる職種転換が日本でも有益になる可能性がある。

逆に、今までのスキルアップと同じ文脈でリスキリングを考えていると、人生設計に狂いが生じてくるかもしれない。

そこで今回は、リスキリング支援サービス〈学びのコーチ〉の事業責任者であるパーソルイノベーション株式会社の柿内秀賢さんに、リスキリングの定義や大切な心構え、海外での事例などをライターの一ノ瀬聡子が聞いた(以下、一ノ瀬聡子の寄稿)。

新たなスキルを専門性にプラスして変化に適応する

リスキリングとはそもそも「Re-Skilling」という英語に由来する。日本語にすると「学び直し」だ。

このリスキリングは、ただのスキルアップとは異なる。保有する専門性に新たなスキルをプラスし、変化への適応力を養う行為を指す。

企業の人材教育で言えば、社内の新たな業務に従業員が就けるようにするための再教育を意味する。

個人においては、市場ニーズに適合し、変化に適応できるように、自身の専門性を高めながら新しいスキルを意図的に獲得する行為を指す。

例えば、マーケティング担当者が持つマーケティング力にAI・機械学習スキルをプラスし、データ活用型マーケティング企画者に職種転換するという話だ。

2022年(令和4年)10月、リスキリングが総合政策に初めて日本でも盛り込まれた。個人のリスキリング支援として、人への投資に5年間で1兆円を投じると岸田首相も表明したが、リスキリングがなぜ今注目されるのか。

リスキリングを支援するサービス〈学びのコーチ〉の事業責任者である柿内秀賢さんによれば、リスキリングが世界的に注目されたきっかけは、2018年(平成30年)の〈世界経済フォーラム(World Economic Forum)〉、通常「ダボス会議」からだという。

「ダボス会議では、デジタルテクノロジーによって7,500万の雇用が失われる一方、1億3千300万の新しい職が創出されるとされました。その変化に対して、必要な人材を企業が確保するために、リスキリングが鍵となると伝えられました」(柿内秀賢さん。以下、柿内)

ウォルトディズニーの清掃スタッフがソフトウエアエンジニアに

2018年(平成30年)の〈世界経済フォーラム(World Economic Forum)〉が発端になったと分かった。人への投資に本腰を入れると岸田首相が表明した2022年(令和4年)から見れば4年前だ。

そうなると、リスキリングは海外で先行しているはずで、どのような事例が現状で見られるのだろうか。柿内さんに具体例を幾つか挙げてもらった。

「米国の場合、Amazonやウォルマートなどの大企業が積極的にリスキリングを推進しています。米国では特に、従業員を企業がトレーニングし、職種転換させる流れがあります。

ウォルトディズニーのような企業でも、ソフトウエアエンジニアを多く創出するために清掃スタッフやキャストをトレーニングしている事例があります。彼ら・彼女らは、ソフトウエアエンジニアになり報酬が上がったといいます。

シンガポールでは、政府が『スキルズフューチャー運動(Skills Future)』を行い、リスキリングを推進しています。スキルアッププログラムの受講料の支払いに使用可能なクレジット数万円分を直接支給する取り組みです。

この制度は、国民の評判もいいそうです。個人に直接支給されるケースは珍しいので、世界に先駆けたモデルケースになるのではないでしょうか」(柿内)

勉強しなかった場合の逆のインセンティブが見えつつある

日本に比べ、リスキリングに対して意欲的な外国の例を挙げた。どうして、このような違いが生まれているのだろうか。その理由の1つとして柿内さんは、雇用環境の違いを挙げる。

「米国では、仕事と報酬がセットになっている『ジョブ型』の文化が前提にあります。例えば、Aさんという人材が居たとしましょう。Aさんが、ソフトウエアエンジニア職に就いた時の報酬と、事務職に就いた時の報酬は、同じ会社に所属していても変わります。

一方『メンバーシップ型』と呼ばれる文化が日本では根付いています。Aさんが何の仕事をしているかよりも、Aさんが優秀かどうか、Aさんという人間全体の優秀さが最も重要になります。

Aさんという人材に払うべき給料は幾らなのかという観点が重要なので、どんな仕事をAさんがしていても同じ社内であれば年収は変わりません」(柿内)

この前提の違いが、動機の持ち方にも違いを生んできたのではないかという。しかし近年、日本でも変化が起きているらしい。

「近年は、リスキリングに個人が興味を持ち始めています。その理由の1つとして、デジタル化についていける人、いけない人の二極化がはっきりしてきたからではないでしょうか。

デジタル化についていけない人たちの現状を見ながら『あんな風にはなりたくない』『明日はわが身だ』との思いが生まれていると考えられます。

今、勉強しても年収が上がる見立てはないかもしれない。しかし、勉強しなかった場合の逆のインセンティブが見えつつある。だから、動かないといけないという意識が強くなってきているのではないでしょうか」(柿内)

世の中で確実に求められるスキルを身に着ける

では、個人として、あるいは企業に所属する会社員として、どういった心構えでリスキリングに取り組めばいいのだろうか。

「『メンバーシップ型』の話を先ほどしましたが、世界の流れが急速に変わる中で、個人の努力が評価される世の中に日本もなりつつあります。ですから、リスキリングの機会があれば積極的に手を挙げてチャレンジする姿勢が大事になってきます。

チャレンジしていけば、世の中に必要とされる人材に近付ける実感が得られると思います。その実感が、働く上での幸福感や充実感につながっていきます。

例えば、営業力が強いもののIT系の部署の人材が足りない会社を支援させていただいた弊社のケースを紹介します。ITを活用し営業力を強化したい一方で、上流工程のコンサル的な人材が不足しており、IT系の部署の人材採用もうまくいっていない会社がありました。

そこで『採用の代わりにリスキリングをやりませんか?』とわれわれからご提案させていただきました。複数名の営業担当者にIT系の部署へ異動してもらい、ITコンサルタントとして半年間トレーニングを実施しました。

その結果、状況が劇的に好転しました。現場を熟知し、営業のプロセスを知っている方々だからこそ、ITのスキルがより強い武器となったのです。

固定概念が外れ、IT未経験でもチャレンジできるとの理解が生まれ『異動して良かった』との声も聞かれました。新しく必要とされる分野のスキルにチャレンジしていくメリットはやはり、とても大きいと思います」(柿内)

これまでの専門性と距離を置き、新しいスキルを身に着け、職種転換を目指すとなると誰もが不安に感じるかもしれない。

しかし、リスキリングでは大前提として、世の中で確実に求められているスキルを身に着けにいく。やみくもに、なんでもいいからスキルアップするという話ではない。無理な職種転換や異動とも異なる。

今、まさに世の中で求められているスキルや職種が存在する。そのスキルや職種に自分を寄せていく、適合させていく。

だからこそ、年収が上がり、条件のいい転職先が生まれ、より大きなやりがいが生まれる可能性が結果として高まるのだ。

[取材・文/一ノ瀬聡子]

[取材協力]

柿内 秀賢(かきうち・ひでよし)
パーソルイノベーション株式会社〈学びのコーチ〉事業責任者/Founder。法人向けリスキリング支援サービス〈学びのコーチ〉事業責任者としてリスキリングの支援者数は累計1,500名(2023年10月末時点)を突破。自身も、人材紹介事業の営業部長から、オープンイノベーション推進部立ち上げやDXプロジェクトの企画推進、新規事業開発を担う過程にてリスキリングを体験。

webメディアのライター。ビジネスハックやスキルなどを専門家に聞くのが楽しくて仕方がない。読みやすくわかりやすい文章を心がけている

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