自由を欲しがる若手社員こそ学びたい俳優・柄本佑の仕事論「縛りがあるから無責任に面白がれる」
会社員として仕事をする以上、さまざまなルールに沿って物事を進めているはずだ。しかし、ルールばかりの仕事に「縛られている」と感じる若手社員も居るに違いない。
しかし、この「縛り」やルールが完全になくなると、かえって人は自由に動けなくなるらしい。
現在、上映中の映画〈春画先生〉(配給:ハピネットファントム・スタジオ)で、変わり者の研究者「春画先生」の担当編集者を演じた柄本佑に、俳優としての仕事の向き合い方を尋ねた時、そんな風に感じた。
「自由をくれれば結果が出せる」と感じている若手社員こそ知っておきたい柄本の仕事論をbizSPA!フレッシュ取材班が聞く(聞き手:望月ふみ)。
「縛り」によって自由になれる
2003年(平成15年)に、映画〈美しい夏キリシマ〉の主演で俳優デビューを飾り、キャリア20周年を迎えた俳優・柄本佑。
名優・柄本明の長男でもあるが、彼自身の実力で「2世」と軽く見る人は恐らく居ない。フラットな空気をまとい、どんな役もものにする、力みのない柄本の演技からは「自由さ」すら感じられる。
映画〈きみの鳥はうたえる〉〈アルキメデスの大戦〉、ドラマ〈心の傷を癒すということ〉〈天国と地獄〜サイコな2人〜〉〈初恋の悪魔〉など、どんなジャンル、どんな役、どんな世界観でも自然に生きてしまう柄本は、どのように仕事に向き合っているのか。
話を聞くと柄本からは「縛りがあった方が無責任になれる」と意外な言葉が返ってきた。自由さを感じさせてくれる柄本が語る「縛りがあった方が無責任になれる」とはどういった意味なのか。
「『この縛りさえ守っておけば大丈夫』という条件のある環境の方が自由度が生まれるんです。
例えば、写真家のアラーキーさん(荒木経惟)の撮影なんかは非常に縛ってくるんです。視線でもって非常にこちらを縛って来る。でも、その『縛り』によってむしろ自由になれるんですよね。なんでしょうね。説明が難しいんですけど。
他の例で言えば、高橋伴明監督の〈痛くない死に方〉なんかは1日に20シーンとか撮っちゃうんです。段取りもやらないしテストも1回だけ。
監督の頭の中に使いたいカットが出来上がっているから、せりふさえ正確に出せればOKだという安心感がこちらにはあるんです。
時間的にも演出的にも縛りだらけのはずなんですけど、逆にリラックスして自由に振る舞える。急いでいるわけでもないのにいつの間にか1日20シーンでも撮れてしまっているんです。
逆に『なんでも自由にやってください』とか、余白が多すぎる本(脚本)とかだと窮屈に感じたりします。
もちろん、本で窮屈に感じたとしても現場に行って、監督とのやりとりの中で『そうだったのか!』と感じられれば、また自由になれたりするんですけど」(柄本佑。以下、柄本)
状況に応じて柄本自身が窮屈さを「自由」へと変換しているのか。
「自由度を推し測るというか、いろいろ考えたりするのはすごく好きですね。
縛られたら、その中で縮まってしまうのではなくて、縛りの中で何ができて、何ができないかを測っていく。
そうした作業の中で、思いもよらぬ方向に行ったりするんです。それが面白い」(柄本)
「縛り」の中でぎりぎりまで見て感じる
「縛り」の中で自由に振る舞うとは具体的に、どういった作業になるのか。
「例えば、脚本の文字は二次元ですよね。脚本自体が1つの枠でもあります。その二次元の枠を現場で三次元にする時、一次元分の差をどう埋めるのか、その埋める過程が面白いんです。自由な解釈が期待できる部分でもあります。
僕が俳優を始めたばかりのころは1日かけて3シーンとか、下手したら1シーンだけの撮影という日もありました。
ある意味で、時間に自由が多かったのですが、考える時間がその分ありすぎて訳が分からなくなり、今以上に迷子になっていました。
かといって、考える時間が短ければいいという単純な話でもありません。
時間的な縛りがあるからと、いいとか悪いとか単純な価値観で判断して早々に結果に行きつこうとすると結局、自由さが失われてしまう気がします。
焦ってタッチ(ゴール)しようとせず、厳しい『縛り』の中で、どんなものが訪れるのかをぎりぎりまで見て感じ取っていく作業が大切なのかなと思います」(柄本)
映画〈春画先生〉で演じた編集者の辻村についても「縛り」を感じる部分はあったのだろうか。
「この本は、非常にしっかりとしたキャラクター造形やせりふ、世界観がありました。だからこそ無責任に面白がれました。
辻村は『通称いい加減な色男』という役どころだったので、先生と弟子の弓子さん(北香那)と3人で春画の鑑賞旅行に出かけるシーンでは『ちょっとサングラスを掛けていいですか?』と提案したり、鮮やかな青のTバックを別のシーンで提案したり。
しっかりした『縛り』があるからこそ、その中で生まれる自由度を楽しんでいました」(柄本)
柄本の演じる辻村は文字どおり、忙しい仕事で身を縛りながらも私生活をきちんと楽しんでいる男だ。
柄本ならではのひょうひょうとした色男ぶりも「縛り」の中から模索された自由によって生まれていた。
「自由が欲しい」と不自由を感じている若手の会社員は1つの考え方として参考にしてほしい。
(取材・文・撮影/望月ふみ)
[作品情報]
「春画先生」と呼ばれる変わり者で有名な研究者・芳賀一郎(内野聖陽)は、妻に先立たれ世捨て人のように1人研究に没頭していた。退屈な日々を過ごしていた春野弓子(北香那)は、芳賀から春画鑑賞を学び、その奥深い魅力に心を奪われ芳賀に恋心を抱いていく。やがて、芳賀が執筆する「春画大全」を早く完成させようと躍起になる編集者・辻村(柄本佑)や、芳賀の亡き妻の姉・一葉(安達祐実)の登場で大きな波乱が巻き起こる。それは弓子の“覚醒”のはじまりだった―。
キャスト:内野聖陽・北香那・柄本佑・白川和子・安達祐実
原作・監督・脚本:塩田明彦
製作:「春画先生」製作委員会(カルチュア・エンタテインメント、TCエンタテインメント、ハピネットファントム・スタジオ)
企画・製作幹事:カルチュア・エンタテインメント
制作プロダクション:オフィス・シロウズ
配給・宣伝:ハピネットファントム・スタジオ
2023/日本/カラー/ビスタ/5.1ch/114 分 〈R15+〉
(C)2023「春画先生」製作委員会
公式 HP:https://happinet-phantom.com/shunga-movie