W杯までに知りたい!世界初の認定「サッカー国際試合」までの意外な苦労
14:最初の国際試合は?
イングランドサッカー協会の創設からわずか6年半後の1870年3月5日、国の代表チーム同士が対戦する初めての試合が行われた。テムズ川の数メートル南に位置するロンドンのケニントン・オーヴァル・スタジアムでイングランドとスコットランドの代表チームが対戦し、試合は11の引き分けに終わった。
ところが、この最初の国際試合は公式のものとは見なされていない。「アウェイ」の11人の選手全員がイギリスの首都に在住していて、しかもスコットランドサッカー協会によって選出されたわけでもなかったからだ。
しかし、この日もイングランドチームのフォワードとキャプテン、試合の主催者およびプロモーターという複数の役割をこなしていたチャールズ・アルコックは、1870年11月28日付の『スコットマン』紙に掲載された記事で、この試合の国際的な性格を「試合をする権利は、主要なスコットランドの雑誌に掲載された招待を通じて、国境の北にいるか南にいるかを問わず、すべてのスコットランド人に開かれている」として擁護した。
試合をするが「公式」に認められず…
アルコックによると、「スコットランドのチームを『ロンドンのスコットランド人』と呼んでも何にもならない。あの試合は、発表された通り、どこからどう見てもイングランドとスコットランドの対戦だ」ということだ。「公式なもの」として認められた最初の国際試合は、1872年11月30日にグラスゴー郊外のパトリック地区にあるウエスト・オブ・スコットランド・クリケット・クラブで行われた。
その日、わずか3000人の観客の前で、スコットランド―クイーンズ・パークFCの選手だけで構成され、そのチームの普段とは別の青いユニフォームを着用した―とイングランドが対戦したが、どちらもゴールを決めることはできず、試合は0対0の引き分けに終わった。
イギリス国外での国と国との最古の試合は1885年のことで、アメリカのニュージャージー州ニューアークのピッチでカナダがアメリカを1対0で下した。
この対戦も「公式なもの」とは認められておらず、その理由はカナダ側のチームが西オンタリオサッカー協会によって選出された一方、アメリカ側の選手を送り込んだアメリカサッカー協会は、その名前とは裏腹に、一部地域を統括しているだけだったためだ。当時のアメリカサッカー協会は現存しておらず、最初の国内団体となるアメリカ合衆国サッカー連盟が設立されるのは1913年4月5日のことだった。