仕事はラクで、賃金はアップ…ウソだらけの「AI失業論」の真実
2013年、オックスフォード大学のフレイ&オズボーンによる研究報告「AIの進展で起きる雇用崩壊」は世界的な反響を呼びました。「近い将来、9割の仕事は機械に置き換えられる」と述べたためです。
不穏な未来が喧伝される中、それを打ち破るような著作『「AIで仕事がなくなる」論のウソ』(イースト・プレス)を発表したのが雇用ジャーナリスト・海老原嗣生氏です。
海老原氏は緻密なデータを精査し、各業界へ取材することで、「今後15年間で、AIが取って代わる仕事はわずか」だと結論。それはどのような根拠に基づくのか、今後、働き方はどう変わるのか? 解説してもらいました。
AI失業の研究報告はイメージ論に過ぎない
――AI失業論がマユツバであるというのは、どんな理由からなのでしょうか?
海老原嗣生(以下、海老原):大きな理由はふたつあります。
1. 前提となる職業分析の精度が粗いこと
2. コストの観点が抜け落ちていること
まず1について述べます。AIの進展と労働の変化についての「研究報告」は、2015年にも野村総合研究所から出ており、オックスフォード大学とほぼ同じ手法に基づいています。なにしろ元ネタの研究者も協力していますから。ここでも「これから15年で今ある仕事の49%が消滅する」と述べられています。
ところが、実はこれらの研究は大雑把なんです。各職種をざっくりとしか定義しておらず、その作業内容まで精査していない。また、なくなるかどうかの判断は、あくまで研究者の主観であり、客観的な根拠を示していないのです。
――研究では「事務職系」も多く挙げられていますが。
海老原:事務職と一口に言っても職務内容はさまざま。「数値入力」ならAIの得意分野なので代替できますが、最近は事務方が「新人の指導」なども担当するケースが増えています。これがAIでは難しいことは、容易に想像がつくでしょう。
AIにも得手不得手があるため、職務のすべてをこなせるわけではありません。AIを導入したからといって、即仕事が失くなることもないのです。元になっている研究報告は、マスメディア向けPRの側面が強いと感じましたね。
――2の「コストの観点」についてはどうなのでしょうか?
海老原:これも明快です。一部の例外を除いて、AIを製品やサービスに落とし込むには、物理的・機械的な設備が欠かせません。例外については後述します。
たとえばケーキ店だと、レジ打ちだけならAIがこなしてくれるでしょう。ただ、ケーキ屋さんの仕事はケーキを並べたり、ショーウインドウを磨いたりと多岐にわたります。それらすべてを機械化するのは、開発コストや導入コストの観点から現実的ではありません。結局は人間がやらなければいけない仕事は残るのです。
――それなのになぜ「AI失業論」が世の中で喧伝されるのでしょうか?
海老原:大企業の研究部門や、企業と提携している大学の研究者にも取材しましたが、彼らはAI失業には否定的です。職場のAI化やオートメーション化を常に研究している第一線の人物ほど、現場を知っており、その実現性やコストの問題などを痛感しているのです。
それにもかかわらず「AI推進!」などと喧伝されてしまうのは、企業の立場としては広報価値もあるし、世の中の波に乗っているポーズを見せようとするからです。そうなると研究者も否定的なことは口に出せないので、公の場では「いけます!」と言ってしまうわけです」
――AIで代替するために必要なことを、著書では「スシロー」を例に聞いていますね。
海老原:スシローさんには詳しく解説いただいたおかげで、かなりわかりやすくなりましたね。回転寿司の調理は、寿司を握るだけでなく、魚の皮を剥ぐような下ごしらえもあるし、海苔を巻くような作業もあります。
特に下ごしらえは魚の状態に合わせて切り出すなど、なかなか手間のかかる仕事です。これをAIに置き換えるためには、魚の状態を見極められる画像センサーとデータの蓄積が必要になりますし、柔らかい魚を扱うために繊細に動くメカトロニクスも必要になります。こうした技術は開発が進んでいるものの、実用化はまだ遠いです。
――シャリを握る作業などは自動化されていますよね。
海老原:それは作業量が多いため、機械化のコストに見合うからですね。こうした例をみれば、物理的な作業がともなう仕事はそうそうなくならないことが実感できるでしょう。
日本において、従事者が多いのは、サービス流通業、製造業、建設業などですが、いずれも物理的作業がともなったり、対人業務です。一部をAI化するにしても、9割の仕事はなくならないと思っていいでしょう。仮になくなるにしても20年以上先、今の20代にはそこまで影響が大きくないでしょう。
PCで完結する仕事は近い将来になくなる
――それでも、労働代替の起こる領域もあるとも述べています。
海老原:典型的なのは、いわゆる手に職というやつですね。特にコンピューターの中で完結できる仕事です。主にデータを扱う職業であり、便宜的に知的単純業務と呼びましょう。たとえば、国際会計士や通関士。彼らが高度な状況判断をしているわけではなく、ルールを知っていて参照するのが主な仕事です。
それはAIの超得意分野。何万、何十万と言った事例をデータとして取り込んで、どんどん賢くなります。しかも今のAI技術でできてしまいますから、取って代わるのも早いのです。ですから、たとえ取得が難しい資格でも、知識の暗記がメインで、ルールを参照するだけの仕事はなくなります。
――取得が大変難しいとされている資格も、将来はAIに取って代わられてしまうことがあるということですね。
海老原:ただ、行政書士や社会労務士などは人によって明暗が別れます。これらの仕事は書類だけいじっていればいいわけではありません。税務調査に入られたときの修羅場で盾になったり、適切な財務や労働環境を整えるコンサルタント的な役目も大きい。当然、顧客とのコミュニケーションも重要です。
会社生活に馴染めないときの逃げ道として、資格を取って開業を考える人もいますが、それは難しくなるでしょうね。マーケティング調査も、実は大したことはやっていません。調査対象や条件のチューニングは、AIに任せたほうが主観や思い込みに左右されないので精度が上がる。中身が不明瞭な、ブラックボックス的な仕事も淘汰されるでしょうね。
これらの仕事を、なぜか営業などより上だと錯覚している人が多いのですが、AI的な観点だと営業職はなかなか高度なんですよ。