アメリカ雇用統計ショック【やさしいニュースワード解説】

在京の大手メディアで取材記者歴30年、海外駐在経験もあるジャーナリストが時事ニュースをやさしく解説。今回は、「アメリカ雇用統計ショック」です。
雇用統計の発表で金融市場が動揺
株式市場や為替市場などの取引で投資家の関心を集める経済指標のひとつにアメリカの雇用統計がありますが、この統計をめぐって8月の金融市場が一時大きく揺れました。
8月1日に7月の雇用統計が発表され、この時に注目されたのは市場予想を大きく下回った7月の結果もさることながら、すでに発表済みの5月と6月のデータが大幅に下方修正された点でした。これまでアメリカ経済は堅調で、労働市場も順調に推移しているとの見方が市場に広がっていましたが、今回の雇用統計は労働市場が減速している結果を示しました。
これにより、経済の先行き懸念が強まり、為替相場でドルが売られて円高・ドル安が進み、株式市場でもダウ平均株価(工業株30種)が一時、800ドル近く値下がりするなど金融市場は動揺しました。これまでアメリカ経済の強さを強調していたトランプ大統領は、この統計の結果に激怒し、労働省の担当局長を解任しました。
雇用統計についてトランプ氏は「共和党と自分を悪く見せるために仕組まれた」などとSNSで発信しており、後任の新局長には保守系のシンクタンクでチーフエコノミストを務めていた人物をあてました。
統計データの信頼性と経済への影響
統計は本来、政治的な思惑に左右されることなく客観的なデータとして示されるものです。しかし、トランプ氏は正当な理由もなく担当局長を解任したため、経済の専門家からは「統計への信頼性を損なう」と批判する声が上がっています。
一方で本件からは別の課題も浮き彫りになったと言えます。しっかりした統計をまとめるにはそれなりのマンパワーが必要ですが、トランプ政権の下で政府職員のリストラが進んでおり、調査データの回収率が低下するなどの懸念が以前から指摘されていました。統計がしっかりしていないと経済に混乱を引き起こしかねないことは、近年の歴史が証明しています。
さらに為政者が人事に不当に介入することで意図的に統計がゆがめられたり、政府に都合のよいデータを発表したりすることは、正確な経済実態を反映しないことになり、長期的にマイナスの影響が増大していくことは避けられません。
アメリカの雇用統計は世界中の金融経済関係者が注目する重要指標のひとつです。そこで実態が反映されない数字が発表されるとしたら、世界経済の先行きを危うくする懸念も生じかねません。
アメリカ経済はこれまで長期にわたり堅調な動きを続けてきましたが、変調の兆しを適時にとらえるためにも、経済指標が示すデータは重要です。トランプ大統領には、統計を尊重し、結果を真摯に受け止めてもらう必要があり、関税政策なども含め現実的な姿勢にあらためるよう日本を含む主要国全体で働きかけを行うことが今後一段と重要になってくるでしょう。