高級寿司店は「お客様との心理戦」。名店「銀座おのでら」の立喰い・回転寿司・若手登竜門など挑戦の歴史
日本食を代表する寿司。
いまや海外でも「SUSHI」という名が知れ渡り、寿司を好む外国人は多い。
まさに寿司の人気が沸き立つなか、“寿司職人不足”が業界の大きな課題になっている。
このような状況下で、常に斬新な試みに挑戦しているのが「銀座おのでら」だ。
2013年に銀座本店を開業して以来、グローバルへと出店を展開し、現在では世界5地域13店舗にまで拡大する人気店へと成長した。
また、2021年には伝統の江戸前鮨をより親しみやすくした新業態「廻転鮨 銀座おのでら本店」を、2022年には実力派の寿司職人の後進を育てるべく「鮨 銀座おのでら 登龍門」(以下、登龍門)をオープン。
業界慣習にとらわれず、より多くの人に「本物の味」を届けるための取り組みを行っている。
「鮨 銀座おのでら」世界統括総料理長を務める坂上 暁史氏に、常識を覆す飽くなき挑戦を続ける理由や、寿司職人に大事な「心・技・体」について話を伺った。
目次
「銀座から世界へ」を掲げ、次々と海外出店を加速
坂上氏は16歳で寿司職人を志す。数々の鮨店で修行を経験し、札幌の名店「すし善」では10年勤め、自身の腕に磨きをかける。
そして、2013年4月に「銀座おのでら」を立ち上げた。
運営母体となるONODERA GROUPのオーナーが抱いていた「『銀座から世界へ』をコンセプトにした本物の鮨屋を作る」という思いがブランド設立の背景にある。
銀座本店の開業後、その半年後にはハワイへ出店する。
続く2014年にはパリ、香港、次いで2015年には上海、ニューヨーク、ロサンゼルスなど、ものすごいスピード感で海外支店を展開していく。
「店のコンセプトに掲げた“銀座から世界へ”の通り、最初からグローバルを見据えて店舗展開を行っていきました。立ち上げから2年間で、まずは海外に日本の食文化を広げていくことを目標に取り組んでいましたね」(坂上氏)
「変えていいこと」と「変えてはいけないこと」を明確化する
国も文化も異なる地で、ローカライズ(国や地域の特色に合わせた形で根付かせること)させていく上で心がけたのは「『日本の本物の寿司を提供する』という芯をぶらさない」ことだった。
無論、国ごとで求められる食へのニーズや法的な規制など、「郷に入っては郷に従え」という側面を受け入れる必要はある。
だが、「変えていいこと」と「変えてはいけないこと」を明確化する必要があったと坂上氏は言う。
「例えば、香港は比較的ローカライズしやすい国でした。日本から食材を送ったら、その日の夕方に届くという環境は、本物の美味しい寿司をお出しするのに好都合でした。また、富裕層の方も日本に度々来ていて、一流のお店の味を知っていたので、銀座おのでらを日本の高級店と比較してくれたりと、非常に土壌が整っていたんですね」
ハワイやロサンゼルスといったアメリカにおいても、アジアンコミュニティが存在し、寿司自体の認知度はもともと知られていた。
そのため、銀座おのでら出店の際は、わざわざ日本へ行かなくても「本物の寿司の味が食べられる」と話題になったのである。
一方、上海に関しては「規制の関係上、一都十県からの食品輸入が禁止されているので、長崎県の魚市場で食材を仕入れ、他は現地で調達しなければならない」という難点を克服する必要があったそうだ。
高級寿司店は「お客様との心理戦」。いかに“間”を読めるかが大事になる
加えて、グローバル展開で大きな課題だったのは「人材」だった。
海外の各支店を切り盛りする店長は、日本人が務めるものの、全てのスタッフを日本から送り込むことは難しい。そのため、現地採用する必要性があるわけだが、坂上氏は「銀座おのでらのやり方をしっかりと理解してくれないこともある」と、コミュニケーション面で苦労した点を話す。
「現地の文化を理解し、現地の言語で話す。押し付けではなく、プライドを尊重する。これらを意識した上で、日本のサービスやおもてなしを、現地のスタッフに伝え、実践してもらえるように配慮しました」
寿司握りの経験年数は30年以上に上る坂上氏は、「まず第一に寿司職人は礼儀と元気が大事」だと語る。
その上で、銀座おのでらの真骨頂と言えるのが「お客様との適度な距離感」を保つ絶妙さだ。
「寿司ネタはもとより、接客やコミュニケーションも含めたトータルで“美味しさ”を追求することが肝と言えます。特にお客様との会話は生命線であり、日本古来の“間”や“わびさび”のような感覚が重要になってくる。『かゆいところに手が届く』のは当たり前で、お客様が本当に求めてくるのは何かを汲み取り、ピンポイントで要望に応えられる人が一流の寿司職人たる所以となっています。高級店になればなるほど、お客様との心理戦というか駆け引きが、リピートに繋がるか否かを決める重要な要素と言えるでしょう」
腕利きの板前は「ハード面」ではなく「ソフト面」に長けているという。スキルはもちろん、お客様への接し方や恩義など、研ぎ澄まされた感性がとても重要になってくるわけだ。
登龍門は寿司職人の離職防止にもつながっている
ただ、寿司職人の教育という観点では、包丁捌きや魚の捌き方といった技術は教えることはできても、心意気や接客については現場を経験しなければ身につかない。
このような思いから、登龍門の出店につながったそうだ。
このお店、銀座総本店と同じ通りに面している。
いわば、目と鼻の先にある立地だからこそ、「間違ったことを常に指摘できる環境」で後進の育成ができるとのこと。
「もし、銀座総本店と離れた立地で登龍門を開いていたら、寿司を握ることや仕入れ、食材管理すらままならない手子(職人のたまご)の間違った振る舞いを指摘できず、放置してしまうことになります。目が届く範囲に出店しないと、全く別の店になってしまうと思っていたんです。幸いにも、コロナ禍でいい物件が空いたのを機に、登龍門を今の場所にオープンできたことで、握り手の育成に貢献できていると考えています」
この登竜門は「お客様に育てていただく鮨店」と銘打ち、銀座本店と同一のネタを使用しながらも、リーズナブルな値段で楽しめるのが特徴だ。
価格を抑えているのは、若手職人の「勉強代」と位置付けているから。
タイミングさえ合えば、仕込みから教えるほか、常に先輩と時間を共有できる場になっているため、若手職人の研鑽にはうってつけの環境と言えるだろう。
坂上氏は「寿司職人の早期離職が業界の課題になっているが、登龍門があることで離職防止につながっている」と語る。
「早く寿司を握りたい」という若手の気持ちに寄り添った教育
海外では寿司を題材にしたフュージョン料理が確立され、気軽に寿司が食べられる時代になったからこそ、本物の寿司を握れる職人が求められている。
しかし一方で、日本では“飯炊き3年握り8年”という慣習があるがゆえに、現場に立つまでの時間が多くかかり、寿司職人のなり手が少ない現状がある。
さらには、新卒で人材を採用するような大手寿司チェーン企業でも、中途で採用した即戦力の寿司職人が優遇され、新人が育たない状況で離職率も高くなっているという。
このような課題を解消しようと考えたのが登龍門だった。
「一人前の職人として、全部の仕事を覚えることができていなくても、『早く寿司を握りたい』という若手の気持ちを考慮し、うちでは少なくとも3年目から登龍門でデビューできる体制を作っています。ここで修行を積み、銀座おのでらの各支店に配属されるわけですが、これまで2名の昇り龍(卒業生)を輩出しています。いずれもまだ20代で、これからのさらなる成長が期待できる。そう感じていますね」
業態問わずに店舗を構え、業界を支える存在になりたい
また、銀座おのでらというブランドとの接点を作り、より間口を広げるため、新たな挑戦として「廻転鮨 銀座おのでら」の店舗づくりにも取り組んでいる。
ブランド価値を落とさず、いかに質を保ちながら、より安価で提供できるか。
回転寿司業態ならではの体験やサービスを模索しながら、同店を軌道に乗せてきたという。
「『どこまで値段を落とせるか』というのを試行錯誤してきました。回転寿司なので、オーソドックスなネタも提供しますが、基本は本店と同じネタを使用しているため、他の回転寿司では人気ランキングに入らないアナゴとコハダといったネタも、廻転鮨 銀座おのでら本店では常にベスト10に入るくらい人気なんですよ。
表参道では一定のご支持をいただくことができたので、2023年7月には京都に2号店を出店し、夏以降も国内外への出店拡大を視野に動いているところです。寿司職人のなり手が少ないなかでも、こうして店舗を構える上で、業界の下支えになれたらと思い、これからも精一杯できることをやっていきたい」
日本のソウルフードとして世界に通用する寿司は、まさに日本の食文化の誇りとも言える。
世界に寿司の美味しさや魅力を届けるのが、銀座おのでらの役割になってくるのではないだろうか。
<取材・文・撮影/古田島大介>
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