手取り12万円からアマゾンジャパン社員に。逆境下でのキャリアの築き方
20代の若者にとって、キャリア設計は悩みの種。ましてや新型コロナウイルスの影響で社会が混乱している中、生き方の指針を失っている人も多いのではないでしょうか。
今回話を聞いたのは、2010年に発売され、今年文庫化された『20代で人生の年収は9割決まる』(日経ビジネス人文庫)の著者で、現在はエリエス・ブック・コンサルティング社の代表取締役を務める土井英司氏。
新卒入社した大手ゲーム会社・セガを経て、編集者・ライター、日経ホーム出版社(現・日経BP社)、アマゾンジャパンと歩んできた土井氏自身のキャリアを踏まえて、20代の過ごし方について話を聞きました。
「コンテンツの時代」でゲーム会社へ
――なぜ、新卒でゲーム会社のセガに入ろうと思ったのですか?
土井英司(以下土井):ゲームが好きだったこともあるのですが、親のことを考えて「上場して名前の売れている会社に入らなきゃ」という思いがありました。私は秋田の出身なので、親元の田舎でも通用するネームバリューが欲しかった。今思えば、余計なことを考えてしまったな、と感じます。
ただ、お堅い大企業には入りたくなかった。そこで「面白そうなことをやりつつ、上場している企業」として選んだのがセガでした。
――なるほど。セガのどのような点が面白そうだと感じていましたか?
土井:就職当時はインターネットが普及する少し前でしたが、「インターネットビジネスの時代が来る」と思っていました。同時に、ネット網が完成したら、次に求められるのは「コンテンツ」だと考えたんです。
そこで「日本から世界に発信できるコンテンツ」を考えたとき、思い浮かんだのがゲームでした。ゲームは言語の壁を越えられるので、チャンスがあるんじゃないかと。
「どっちつかず」就職で大失敗
――なぜ会社をわずか1年で辞めてしまったのですか?
土井:セガのビジネスモデルを考えたとき、稼ぐのは「機械」で、人間は機械のメンテをする「脇役」だと気づいたからです。機械のメンテを続けていても、自分の付加価値、もっと言えば給料が上がらないと思いました。そして、「ビジネスで自分の付加価値を生むとはどういうことか」を真剣に考えるようになったのがキッカケです。
あと、セガ在籍中に「ビジネスの自動化」がいかに儲かるかを実感したこともあります。そこから、今のような接客業ではなく、全く別のビジネスをしようと思いました。
――やはり1年で、やめたということは、最初の就職は失敗だったと。
土井:ハッキリ言って「大失敗」でした。今思えば、「企業のブランド」と「面白さ」を中途半端に両立させようとしたせいで、どっちつかずになってしまったことが原因です。私の入社後2年で希望退職を募るほど業績は悪化したので、セガに入ったのは株を高掴みしてしまったようなものでしたね。