航空業界でヒットを連発するピーチ部長の企画術「想定外の連続」が人をドキドキさせる
ユニークな企画やキャンペーンを立て続けに出している企業と言えば、どこが思い浮かぶだろうか。航空業界で言えば「ピーチ」を挙げる人も少なくないはず。そう、関西を拠点とするあのピンク色のLCCである。
たこ焼きやお好み焼きを機内販売したり、限定ピーチカラーのフォルクスワーゲンを機内販売したり、「機内ふるさと納税」を仕掛けたり。
最近では、カプセルに行き先と、航空券が購入できるピーチポイントの交換コードを入れた〈旅くじ〉をパルコやスシロー、銭湯に設置し、大きな反響を呼んだ。
こうした数々の企画は、どのような発想で生まれているのか。ピーチ事業戦略企画室ブランド企画部長の小笹俊太郎さんに、航空ジャーナリストの北島幸司が聞いた。
企画づくりで普段から困っている若者はぜひ、最後まで読んでもらいたい(以下、北島幸司の寄稿)。
6万人が応募して500倍の当選確率に
ピーチアビエーション(以下ピーチ)はLCC(格安航空会社)である。運賃の安さから、機内食など航空運賃以外のサービスは有料だ。どうせ料金を頂くならと、搭乗時に楽しめる機内販売品で工夫し、搭乗客を喜ばせてきた。
特に、大阪の「ノリ」を積極的に取り入れていた。たこ焼きやお好み焼きを機内販売したり、限定ピーチカラーのフォルクスワーゲンを機内販売したりと目立つ取り組みをしてきた。
実際に買わない人にとっても、販売品として機内で紹介されているだけで「ほんまにあるやん」という感覚が生まれ、面白い会社だとの認知度が高まる。
最近は、旅に出たくなるきっかけづくりの企画にも長けてきた印象がある。
深夜早朝運航便のメリットを生かし、国内線だけでなく国際線で日帰り旅行ができる〈0泊弾丸旅〉だとか、ピーチの全就航地で1カ月乗り放題になる航空券〈ピーチホーダイ〉が代表例だ。
〈機内ふるさと納税〉では、就航地ではない場所も含めて、機内デジタルサービスを使って旅行中に手配できる仕組みを提案した。
「弾丸旅」は息の長い企画だ。「ピーチホーダイ」は若者の心をつかみ、6万人が応募して500倍の当選確率になった回もあった。
直近では、カプセルに行き先と、航空券が購入できるピーチポイントの交換コードを入れた〈旅くじ〉が話題となった。
〈旅くじ〉では事前に、目的地が分からない。5,000円の購入代金は共通で、当たりが出ると1万円分の航空券が購入できる交換コード、通常でも6,000円分の航空券と引き換え可能な交換コードが出る。プラスして、カプセルには、目的地で行うミッションと缶バッジが封入された。
この斬新さに若者が飛び付いた。2021年(令和3年)8月に大阪で販売が始まると、東京、名古屋、福岡へ広がっていく。
当初は、カジュアルであり、感性がとがっている店舗展開が「ピーチ」と顧客に通じているとしてパルコが〈旅くじ〉の設置場所に選ばれたが、スシローなどにも次第に広がり、東京と大阪の銭湯内で最後は販売された。
今年の8月末で終了となったが、多くの派生形を生み出し、顧客層がシニアまで広がったこのヒット企画は、どのように生まれたのだろうか。
石垣市役所勤務から畑違いのエアラインに飛び込んだという異色の経歴を持つ小笹氏にインタビュー形式で迫る。
自分の想定しなかったものと出合う
そもそも〈旅くじ〉誕生のきっかけは何だったのだろうか。
「コロナ禍が収束しないまま1年以上が経過する中で、エアラインの存在意義となる移動そのものが大きく制約を受けました。
若者は、部屋にこもりゲームに夢中になり、勤め人は、リモートで家の中に入ったままです。
変わらぬ日常には、もちろん価値があります。しかし、変わらない日常が続くだけでは、想定された現実が進んでいくだけの毎日となります。
だからこそ、航空会社であるピーチは『自分の想定しなかったものに出合える環境』を提供しようと考えました。
それが、目的地の分からない航空引換券の出てくる〈旅くじ〉の発想の根底にあります」(小笹俊太郎さん。以下、小笹)
「自分の想定しなかったものに出合える環境」がワクワクを生むとは、言われてみると確かにそのとおりだ。
しかし、数ある切り口の中で「自分の想定しなかったものに出合える楽しさ」を主要なテーマに掲げたベースには何があったのか。
「私は、生まれがイタリアです。家族がイタリアで、私だけが日本に居た時期もあります。
呼び戻しのため、中学1年の時に両親から航空券が送られてきて、右も左も分からないまま、経由地もある航空機に乗ってイタリアに1人で行った経験もあります。
今思えば、その年代の人間にとって、日々の生活環境を飛び出して1人で海外に行くほど想定外が連続する経験は他にないでしょう」(小笹)
その大冒険を経て小笹氏は「大丈夫、何とかなる」という感覚が芽生えたと語る。
慣れ親しんだ日常は居心地がいい。しかし、自分の予想もしない展開に身を置くドキドキやワクワクを、その結果として得られる成長を〈旅くじ〉の企画に盛り込み利用者に提案したのだ。
「変な組み合わせ」と「気になる違和感」
〈旅くじ〉はいわば、小笹氏の人生に裏打ちされた企画だとも言える。ユニークな企画の源泉は、ユニークな人生経験から生まれるとも言えるかもしれない。
ただ、小笹さんほどの人生経験がなくても、もっとテクニカルな部分として、企画を考える上で大切なポイントはないのだろうか。
「私の場合は、周辺の環境や対話する相手が変わった時にアイデアが浮かぶ場合が多いです。具体的には移動中や、旅の途中にもひらめきます。
ブラック企業の実態というわけでは決してないとお断りしてあえて申し上げると私の場合は、リモートで会議する時も『小笹さんの画面は天井が揺れていることが多いですね』と相手の方々から言われます。移動中に、歩きながら会議をするなどしょっちゅうです。
また、お陰さまで、多くの業種の方々からお声掛けを頂いて、コラボレーションする機会が多くなっています。
お相手が変わると、扱う商品も変わります。異なるお相手、異なる商品を中心に据えて企画のアイデアを昇華させようと考えていると、どんどんアイデアは浮かぶものです」(小笹)
やはり変化が、企画を考える上で重要なキーワードになるらしい。
先ほどの、ユニークな人生経験がユニークな企画を生むという話で言えば、毎日の暮らしそのものにも小笹氏は変化を取り入れている。小笹氏自身、大阪と石垣で2拠点生活を実践しているからだ。
その拠点から拠点へと移動する間に、同じ飛行機に同乗する他のお客を観察していると「旅の行き帰りで皆さんの表情がばちーっと入れ替わっています」と語る。
環境の変化はやはり、人間の発想にも大きな影響を与えると言えるのかもしれない。
「企画を考える際のキーワードが『変化』だとすると、物理的な移動による変化だけではなく『変な組み合わせ』だとか『ちょっと気になる違和感』みたいな部分も大切に考えています。
この違和感こそが、大きなパワーを企画に生み出す場合があると経験則の中で知っているからです。
これからも、同じ部署のメンバーと共に日々変化の中で、自分たちも楽しみながらワイワイと企画を考えていきます」(小笹)
小笹氏は、父親の仕事の関係で、家族が住むイタリアのミラノで生まれたと前述した。その後、日本では、大阪や四国などに住み、石垣市へ移住。ホテルバーテンダー、農業土木技師などを経て石垣市役所に勤務した。
石垣市役所の農業部門や観光部門で足跡を残し、新石垣空港のプロモーションでは開港前の滑走路で、空港と石垣牛のPRのため、世界最長の串焼きBBQのギネス記録にも挑戦した人だ。
石垣市から派遣され、 沖縄県台北事務所の副所長の肩書で3年間の台湾駐在も経験している。数多くのプロジェクトをこなし、帰任からほどなくして「ピーチ」へ転職した。
実に、変化の多い人生である。ただ、小笹氏ほどの人生を歩んでこなかったとしても企画を練り上げる上で、環境や話す相手を意図して変化させるくらいならすぐにまねできるはずだ。
その変化の中で「変な組み合わせ」だとか「ちょっと気になる違和感」がひらめいたら大ヒットの兆しかもしれない。
航空業界でヒットを飛ばし続ける企画部長の仕事術を大いに参考にしたい。
[取材・写真・文/北島幸司]