もう見た?中国の「トンデモ新地図」にツッコミや反発が殺到
中国自然資源部(省)が8月下旬、地図の統一規格にあたる2023年版の標準地図を発表した。
これから、中国国内の出版物や教科書などに表記される地図がこのとおりになるわけだが、東南アジアの国々が面する南シナ海のほぼ全域と台湾を中国の「領海」と描いた「トンデモ地図」に、関係当事国から反発が相次いでいる。
そこで今回は、bizSPA!フレッシュライターにして清和大学講師、および一般社団法人カウンターインテリジェンス協会理事であり、中国事情に詳しい和田大樹が、話題の「トンデモ地図」について解説してくれた(以下、和田大樹の寄稿)。
南シナ海の事態は尖閣諸島以上に悲惨
台湾有事を巡るニュースが日本でもよく報道される。台湾での問題について、それなりに知っている人は若い年代でも多いだろう。
では、南シナ海で起こっている現実についてはどれくらいの人が知っているだろうか。南シナ海とは、東南アジアの国々が囲む海域だ。南シナ海で今起きている事態は尖閣諸島以上に悲惨な状況だ。
東南アジアの国々に面する南シナ海では長年、ベトナムやフィリピンが中国と、西沙(せいさ)諸島や南沙(なんさ)諸島の領有権を巡って争っている。
2016年(平成28年)7月、オランダ・ハーグにある仲裁裁判所は、南シナ海の大半に主権が及ぶとする中国の主張を退ける判決を下した。
だが、中国は、判決など効力を持たないと主張し、人工島を建設したり、軍事滑走路を造ったりと、一方的な既成事実化を続けている。
中国が領有権を主張する南シナ海の「領海」を描いた線を九段(きゅうだん)線(U字型を形づくる9本の境界線)と呼ぶ。詳細は後述するが、この九段線にさらに今回、1本の境界線を付け加え、台湾を「領海」の内側に新たに設定した(十段線とも)。
中国による一方的な現状変更に対し、インドネシアの首都ジャカルタで今月上旬に開催された東南アジア諸国連合(ASEAN)首脳会議では懸念の声が上がった。
中国の漁船に衝突されて沈没
その新地図の主張を裏付けるように、領有権を争う海域では危険な行為も横行している。
例えば、今年3月下旬には、南シナ海にあるフィリピンの排他的経済水域で、フィリピンと台湾の大学が合同で海洋調査をしていた時、中国海警局の公船が異常に接近し、大学関係者らの乗る船が数日間にわたって海警局の船に追尾される出来事があった。
2022年(令和4年)11月には南沙諸島で、フィリピン軍が常駐する岩礁に物資を運搬するフィリピンの民間船が、中国海警局の公船によって航行を妨害され、放水を受ける事態となった。
また、2019年(令和1年)6月には、フィリピンの漁船が中国の漁船に衝突され沈没する事件もあった。海に投げ出されたフィリピン人の乗組員22人は近くを航行していたベトナム船に救助され全員無事だったが、外交ルートを通じてフィリピン政府は中国側に厳重に抗議した。
ベトナムとの間でも中国は、問題行動を起こしている。
2019年(平成31年)3月、中国とペトナムが領有権を争う西沙諸島の岩礁で、中国の沿岸警備船がベトナム漁船を放水しながら追跡し、その後ベトナム漁船が座礁して沈没する事件があった。乗船していた漁師ら5人は別のベトナム漁船に救助されたが、沈没直前に中国警備船が意図的に衝突したとベトナム側は発表している。
2020年(令和2年)6月にはベトナム漁船が西沙諸島で中国船2隻に襲われ、魚介類や機材などを強奪される事件が発生した。同年4月にも、中国海警局の船がベトナム漁船に体当たりして沈没させる事件があった。
南シナ海の安定が損なわれれば日本にも死活的問題
さらに中国は、新地図で、台湾東部に新たな境界線を追加している。台湾や尖閣諸島は米軍基地と地理的に近いため、南シナ海で起きている事件がそのまま台湾や尖閣で発生するとは限らない。
しかし、台湾情勢で緊張の度合いが増している今日「境界線」の内側では、極めて強硬な姿勢を台湾情勢で中国が示す危険性がある。
日本に関して言えば、沖縄県石垣市の尖閣諸島(中国名:魚釣島)とその付属島しょを中国の固有領土だと中国外務省があらためて強調した。日本政府は、歴史的にも国際法上も疑いのないわが国の領土だとして中国側に異議申し立てを行った。しかし、中国外務省は、日本側の抗議は受け入れられないと反発している。
このような新地図を公表したからには習政権も、国内向けに弱気の姿勢を見せるわけにはいかない。国内経済の勢いが鈍化し、国民の経済的な不満の矛先が政府に向く中、対外的に譲歩的な姿勢を習政権は示せなくなっている。
今回の新地図は、中国の対外的攻撃性を考える上でも重要な材料となろう。強硬的な姿勢と既成事実化は今後も変わらないと予想される。
南シナ海は、中東やアフリカなどから日本へ向かう民間商船や石油タンカーの航行路(経済シーレーン)である。この海域の安定が損なわれれば日本経済にとっても死活的問題となる。
[文・和田大樹]