仕事に情熱を持てなくてもいい?「好きを仕事にする」の落とし穴<鈴木祐×ときど対談>
感情をマーカーとして引き出せる
鈴木:情報処理って「大脳新皮質」で行われているので、実はスピード的にはそんなに速くないんです。「扁桃体」で反応する感情のほうがよほど速い。
理想は、合理性を突き詰めて脳に浸透させた記憶を、感情をマーカーとしてバッと引き出せることでしょうね。逆を言えば、感情がついてこないとおそらく身体スピードもついてこない。
――ゲームで勝つためには、合理性と非合理性の両方が必要だったんですね。仕事を選ぶうえでも、合理性だけでなく「好き」という情熱が必要でしょうか?
ときど:好きを仕事にしている僕が言うのも何ですけど、そんなことないと思います。今の世の中、「仕事に情熱を持たなきゃいけない感」が強すぎません? 仕事じゃなくても他の部分で楽しいことがあればいいんじゃないかと思いますよ。
鈴木:まさに。実際、趣味に情熱を持てている人は仕事の効率が上がるというデータもあります。
情熱は人生の「どこか」で持てればいい
ときど:仕事は仕事で割り切っていいと思う。生活の手段だから。プロゲーマーにもそういう人はいますよ。割り切っているからこその強さもある。
ただ、あまりに仕事が好きじゃなさ過ぎてツラいなら、ちょっと考えたほうがいいですよね。情熱がなくても、ある程度は前向きに取り組めたほうがいいとは思います。
鈴木:嫌々やってもね…。情熱があったほうが生産性や幸福度、収入も高いというデータはたしかに存在していますから。
ただ、いきなり最初から「情熱が持てる仕事を!」だとリスクがあるという話なんです。大抵の人は、「これは情熱を持てる仕事じゃなかった!」とすぐに投げ出してしまったり、現実の仕事に対するギャップを感じてモチベーションが下がりやすくなったりする。
大事なのは、「この世のどこかにある情熱を持てる仕事を探そう!」ではなく、「情熱は自然と生まれるものだ」という意識をもつことなんです。
あと、情熱を持ち過ぎたことで日々のタスクが増え、ワークライフバランスが崩れたり燃え尽き症候群に陥ったりしやすい、というリスクもあるので、それにも注意が必要ですね。
【ときど】東大卒のプロ格闘ゲーマー。本名:谷口一(たにぐち はじめ)。1985年生まれ。麻布中学校・高等学校、東京大学工学部卒業。同大学院工学系研究科マテリアル工学専攻中退。2010年、日本で2人目となる格闘ゲームのプロデビュー。しかし2013年ごろから、eスポーツ業界の環境変化により、大スランプに陥る。試行錯誤の末、これまでの「ときど式」の戦い方を捨て、ゼロからやり直すことを決断。その後見事に復活し、2017年最大の世界大会Evolution(EVO)で優勝、2018年カプコンプロツアーで年間ポイントランキング1位、EVO準優勝。以降安定して好成績を残す。2019年、ロート製薬、ソニー・ミュージックエンタテインメント、大塚食品、QANBAとのスポンサー契約を発表
【鈴木祐(すずき・ゆう)】新進気鋭のサイエンスライター。1976年生まれ、慶應義塾大学SFC卒業後、出版社勤務を経て独立。10万本の科学論文の読破と600人を超える海外の学者や専門医へのインタビューを重ねながら、現在はヘルスケアや生産性向上をテーマとした書籍や雑誌の執筆を手がける。自身のブログ「パレオな男」で心理、健康、科学に関する最新の知見を紹介し続け、月間250万PVを達成。近年はヘルスケア企業などを中心に、科学的なエビデンスの見分け方などを伝える講演なども行っている。著書に『最高の体調』(クロスメディア・パブリッシング)、『ヤバい集中力』(SBクリエイティブ)他多数
<取材・文/村上杏菜 撮影/山川修一>