働き盛りほど危ない「脳梗塞」──リクルート出身社長が挑む“命のタイムリミット”

脳の血管が詰まり血液が供給されなくなることで、脳細胞が壊死してしまう「脳梗塞」。世界で年間約763万人が発症し、約329万人の死亡原因となっている、非常に重大な疾患だ(※World Stroke Organization:Global Stroke Fact Sheet 2022)。そんな脳梗塞の新たな治療の選択肢として期待されているのが、リクルート出身の若林拓朗氏が代表を務める創薬ベンチャー「ティムス」が開発中の「TMS-007」である。
同社は、10月29日の「世界脳卒中デー」に合わせ、プレス向け事業説明会を開催。今回は、「TMS-007」の開発秘話や仕事と健康を両立するためのヒントなどについて、代表の若林拓朗氏と研究担当の蓮見惠司氏に話を聞いた。
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1種類しかない脳梗塞の治療薬とは異なる新薬「TMS-007」

治療や予防への関心が年々高まっている一方、現在、世界的に広く使用されている脳梗塞の治療薬はたった1種類しかない。また脳出血リスクの懸念から、発症から4.5時間以内の投与が求められているため、治療を受けられる患者は限られているのが現状だ。特に医療設備が十分に整備されていない途上国では、死亡率が高い傾向にある。
「TMS-007」が従来の治療薬とは異なるのは、人間が本来持つ「血栓を溶かす力」を後押しするように働くということ。抗炎症作用を併せ持つため、脳出血リスクを軽減できる可能性も高い。現在、投与可能時間を24時間と広い時間枠を見据えたグローバル試験が進行している。
若い人でも脳梗塞の症状が見られたら早く病院に

――なぜ安定企業を離れ、創薬という未知の分野に挑戦したのですか?
若林:リクルート在籍中に、「大学発のベンチャー企業が日本の未来を切り拓く」という考えが浮かんだことがはじまりです。その思いが次第に強まり、気づけば他のことが手につかなくなってしまい、ベンチャーキャピタル「先端科学技術エンタープライズ」を設立するため退社しました。
当時は、ディープテック分野に積極的に投資するベンチャーキャピタルがほとんど存在しなかったことも、設立の大きな後押しとなりました。
創薬の分野に踏み出すきっかけとなったのは、「ティムス」が先端科学技術エンタープライズの投資先だったことです。そのご縁が、現在の取り組みへとつながっています。
――働き盛り世代に、脳梗塞リスクをどう伝えたいですか?
若林:脳梗塞は、高齢の方に多い病気ではあるものの、近年では、若い人でも発症するケースが報告されています。症状が進行すると後遺症を残す可能性もあるため、働き盛り世代であれば、その後の生活に大きな影響が及びます。そのため、若い人であっても脳梗塞の症状が見られたら、すぐに診察を受けてもらいたいです。
脳梗塞の初期症状を見逃さず、速やかに対応するために、「FAST(ファスト)」という合言葉があります。FはFace=顔の歪み、AはArm=腕の麻痺、SはSpeech=呂律が回らないといった症状を表し、TはTime=発症から時間が経つと治療効果が下がることを意味します。
働き盛り世代は病院に行くための時間がとりにくいと思いますが、脳梗塞の治療はスピードが肝心です。できるだけ早く病院に行ってほしいですね。
挑戦と健康を両立させるためには“逃げ場”を作ること
――リクルート時代の経験が、今の経営にどう生きていますか?
若林:リクルートには、「まずはやってみる」「できるだけ多くの人と話してみる」という文化が深く根付いていました。文系出身の私がバイオベンチャーの経営者を務められているのは、そこで培った考え方が基盤になっていることは間違いありません。
医薬品の開発には、一般的に10年以上という長い歳月を要します。その過程で新たな挑戦を続け、多様な人々と意見を交わしながら視野を広げてこられたのは、やはり当時の経験が根底にあると思いますね。
――若い世代に伝えたい「挑戦」と「健康」の両立とは?
若林:ご存じの通り、ストレスを溜めすぎると身体にさまざまな悪い影響を及ぼします。特に若い世代は、これから仕事の責任がどんどん増し、よりプレッシャーを感じるでしょう。よって、挑戦と健康を両立させるためには、ストレスとうまく付き合っていくことが重要だと思います。
おすすめは、“逃げ場”を作ることです。仕事のことを一瞬忘れてしまうような、夢中になれる何かを見つけてほしいです。
私の場合は、ボクシングが逃げ場でした。ボクシングをしているときはあまりのしんどさから、仕事のことを考えている余裕がありません。ベンチャーキャピタルを設立したばかりの頃は、相当なストレスがありましたが、何とか乗り越えられたのはボクシングのおかげだと思っています。
製薬業界の常識を打ち破る「TMS-007」の開発

――「TMS-007」開発で最も難しかった課題を教えてください。
蓮見:製薬業界は過去の実験結果を基に新薬を開発する傾向にあります。全員が同じ方向を向いているため、少しでも常識と異なる方法を取ると理解されにくいのも事実です。
「TMS-007」の開発は、従来の枠にとらわれないアプローチから始まったため、当初はほとんど理解を得ることができませんでした。よって、製薬業界の常識を打ち破ることが一番大変だったと感じます。
また資金調達にも苦労しました。結果を出すには資金が必要なのに、その結果がなければ信用も得られないという悪循環に悩まされました。
投与可能時間が発症後4.5時間から24時間と、脳梗塞治療の新たな選択肢として期待される「TMS-007」。実用化されれば、先進医療設備が整った国々はもちろん、医療体制が十分でない途上国でも多くの人命を救える可能性が高い。
とはいえ、やはり脳梗塞を防ぐことが何よりも大切。忙しい世代こそ、ストレスと上手に向き合い、日頃から心と体の健康を大切にしたい。