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「シヤチハタ」って商品名じゃなかった!? 100年企業の意外な真実

「シヤチハタ」って商品名じゃなかった!? 100年企業の意外な真実

「シャチハタ」と聞けば、多くの人が朱肉不要のハンコを思い浮かべるのではないでしょうか。実は、あのスタンプの商品名は「シャチハタ」ではなく「ネーム9」。しかも社名の正しい表記は「シヤチハタ」で、“ヤ”が大文字なのです。この記事では、100年企業として進化してきたシヤチハタ株式会社の意外なエピソードとともに、その歴史をひも解きます。

「シヤチハタ」は商品名ではなく企業名

シヤチハタ100周年

朱肉がなくても押印ができる「ネーム9」は、契約書や証明書などの作成の注意書きで「シャチハタ不可」という文言が使われるほど、普通に使われています。

実はあのハンコの商品名は「シャチハタ」ではありません。製造しているシヤチハタ株式会社の社名から使われている通称なのです

しかも、正しい社名表記は「シヤチハタ」で、「ヤ」は大文字。カタカナ5文字の幅や高さをそろえ、バランスの良い外観を実現するためのこだわりから、あえてヤを大きな文字で表しています。ちなみに、プレスリリースなどの公式情報でも必ず「社名表記は『シャチハタ』ではなく『シヤチハタ』です。」と紹介されます。

正式名称の認知向上の意図について、シヤチハタ株式会社の広報室に聞いてみました。

「あくまでも正しい社名表記を認知いただくため、プレスリリースや情報発信の都度、アナウンスさせていただいております。社名をアナウンスすることで、正式な社名のご認知だけでなく、お客様との会話のきっかけとなることも多いので、結果的に認知の広がりにつながっていると感じています」

創業は1925年(大正14年)にさかのぼります。当初、日の丸印をつけた乾かないスタンプ台「万年スタンプ台」を販売。その後は、名古屋のシンボルである名古屋城の「金の鯱」を由来としたロゴマークをつけて販売を続けていました。そのような経緯から、1940年ごろ、社名に「シヤチハタ」がつけられたそうです。

ちなみに、英語表記は「Shachihata Inc.」です。声に出して発音する際は「シャチハタ」で問題ありません。

そして気になるあのハンコの商品名は「ネーム9」。実は「シヤチハタ」という名前の商品は存在しません。特長的な技術と多くの方に愛用され続けた中で、いつしか「シャチハタ」と呼ばれるようになったようです。

Xスタンパーとネーム9が築いたブランド

シヤチハタ「Xスタンパー」

シヤチハタの歴史を語る上で欠かせないのが1965年に発売された「Xスタンパー」です。スタンプ台が不要で連続して押せる画期的な技術を搭載していました。

Xスタンパーは、印面そのものが無数の微細な穴を持つ「多孔質素材」でできています。内部に多量のインキを蓄え、押した瞬間に必要な量だけ染み出すため、スタンプ台が不要で連続して鮮明に押せるのです。

ただ、発売当初は決して順風満帆ではありませんでした。朱肉不要という革新性は一部の印鑑メーカーから強い反発を招き、品質面でもインクの目詰まりなどの課題がありました。しかし改良を重ね、1970年の大阪万博で広く知られるようになると一気に普及し、シヤチハタの代名詞となったのです。

ネーム9やキャップレス9、ネームペンといった製品群も、すべてXスタンパーの技術を応用して生まれた商品です。「ネーム9」の原型となる個人用スタンプ・初代「ネーム」は1968年に登場しました。累計出荷本数は1億9,000万本を超えるロングセラーであり、今も家庭やオフィスで広く使われています

ちなみに、ネーム9の「9」は印面サイズに由来し、直径約9.5mmから名づけられました。認印に最適なサイズ感として、日本中で親しまれるロングセラーとなっています。

シヤチハタ「ネーム9」

創業と「しるしの価値」の追求

シヤチハタ「Shachihata Cloud」

ハンコ文化そのものが揺らぐ時代に、シヤチハタはどのように未来を描こうとしているのでしょうか。

新型コロナウイルス流行下でテレワークが普及し、ハンコの在り方が注目されたのも記憶に新しいところ。なんと、1990年代から電子印鑑に取り組んでいたのです。赤字覚悟で開発を続けた「パソコン決裁」は、のちに「Shachihata Cloud(シヤチハタ クラウド)」へと進化しました。リモートワーク普及の後押しを受け、クラウド上で安心して利用できる電子決裁サービスとして多くの企業に導入されています。

特に注目すべきは「BPS(ビジネスプロセスそのまんま)」という考え方です。従来の業務フローをそのままデジタル化することで、ユーザーが抵抗なく利用できる点が評価されています。単に効率化するだけでなく、文化的に根付いた「押印」の安心感を失わずにデジタル化を実現しているのです。

まさにアナログとデジタルの融合。画期的な製品を世に送り出した企業だからこそ、その柔軟性が発揮されたのかもしれません。広報担当者も以下のように語ります。

「時代は大きく変化し、社会生活の中心がアナログからデジタルにシフトするとともに、お客様から求められるものも大きく変わってきたと感じています。そのような中で、一番大切なことは、アナログ・デジタルに関わらず、お客様が最適な商品を選択できることだと考えています。今後もお客様に役立つものであれば、アナログ・デジタルに捉われることなく、それぞれの良さを強めながら両面で提供できるよう努めてまいります」

100周年記念と「第二の創業期」

創業以来同社が大切にしているのは「しるしの価値」。2025年に創業100周年を迎えるにあたり、シヤチハタはこの節目を「第二の創業期」と位置づけています。スローガン「さあ、もう ひと旗」には、これからも挑戦を続けるという強い意思が込められています。

広報担当者も次の100年に向けて以下のようにコメントしました。

「今後も、世の中の課題や困り事の本質を把握し、当社の技術や知見が活用できるかをしっかりと見極めて一つひとつ取り組んでいきたいと考えています。アナログやデジタルに関わらず、『しるし』が活躍できるシーンは多いと感じています」

すでに、建築現場での安全確認に使う「ボルトライン」や手洗い練習用スタンプなど、事務用品以外にも多様な分野に事業を展開しています。

Xスタンパーやネーム9といった革新商品が企業の存在感を確かなものにし、電子印鑑やクラウドサービスへの先見的な挑戦が未来を切り拓いてきました。

日常に溶け込みながらも挑戦を続ける企業の姿は、私たちが当たり前のように押すひとつの印に込められた価値を改めて実感させてくれます。

1987年奄美大島生まれ。Webメディアを中心に、書籍の著者インタビューや生成AIの活用法、中国に関するコラムなどを執筆。在外教育施設(日本人学校)の教員として、2014年からタイ・バンコクに3年、中国・深圳に5年間滞在。帰国後にライターとして活動を始める。2024年から、日本国内の小学校で講師として勤務しながら執筆を続けている。

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